明け方ブルー

言うなれば燻り系女子の雑記

【感想】「デラックス」じゃない。

  

 著者であるマツコ・デラックスさんに惹かれたのは、たまたま『月曜から夜ふかし』が流れていて、「男女平等」について触れた放送回を観ていたときのことだった。

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 特集は「男と女、どっちに生まれるのが得か調査した件」とのことで、ネットのアンケートの結果は男になりたいが多数だった。だからVTRは女性の色覚の識別能力の高さや、脳の構造の違いから女性の利点を紹介したのだけれど、私はそういうことじゃないんだよな。と思って見ていた。別にサメに食べられたり落雷で命を落としたりとか、そういうリスクや人生での楽しみどうこうではなく、良くも悪くも男社会である現在、労働していても年を食えば結婚して子供を産めとか、生きていく上での、ライフスタイルの問題なんだよなー。と。

 <2030運動で権利が与えられたところで、スカートを履いた男になろうって女が無理せずに権利を得られないと平等にはならない>

 マツコ・デラックスさんは素直な物言いが魅力な方なので、今回の書籍もどのように展開していくのが楽しみで、そして、読了しました。

 

 今回はマツコ・デラックス著、双葉文庫より発売された「デラックスじゃない」

 

 

よくも悪くも、マツコ・デラックスとして

 太宰治人間失格が「恥の多い生涯を送って来ました」で始まるのなら、この「『デラックス』じゃない」は、「流れに身を任せてきた」と始まります。マツコさんが時折自分に使う表現は、どれも『自虐』に当たるもので、作中でも『自分をきれいに見せない自虐』なんて表現している。そして客観的に自分のことをそう表現しているんだなと読むうちに気付いて、“嫌味な自虐だな”とは一切感じなかった。作中で、マツコ・デラックスさんは自分が世間に受け入れられた理由として

だって所詮オカマだよ。デブだよ。こういうところは、忘れちゃいけないと思っているの。

 テレビに必要とされ、期待されている存在は“ジェラシー”を抱かれるような存在。対してオカマとして、よく言えば中立的な立場のマツコ・デラックスさんはあくまでも部外者。女だから・男だからのやっかみにも含まれず、足を引っ張りたいと“ジェラシー”を抱かれることはない。誰からしても敵ではないからこその立場だと。

 この文章を読んだとき…私は反発したいプライドがあって、でも、音を立てて崩れ落ちました。多分、読む前の私ならば、この本に共感したなんて言えない。

 

2006年~2016年の時事ネタ

 触れるのが遅くなりましたが、この本は2014年6月に単行本化していた同名書籍を文庫化したもの。章立ての節々にマツコ・デラックスさんが出演している番組名や、世間を賑わせたスキャンダルが登場します。2016年の今、懐かしい出来事ばかり。

 一番面白かったのは、元モー娘。矢口真里さんの不倫騒動からの復帰に対し、

ヤグっちゃんを女として見るからいけないの。

なんて、批判されている渦中にどう売り出していくかの路線まで妄想している第四章は見所。更には自身がハロプロとしてのモー娘。の魅力とAKBに対しての不満とか、問題点にも触れている。紅白に対しての思いいれや、今後のテレビについてなど、少しのボヤき加減が読みやすいです。

 

自分で勝負していくこと

 総括。マツコ・デラックスさんの生い立ちやエピソードを読むなかで、やはり“マツコ・デラックス”さんだからこそ発言できることがあるのだと感じる。矛盾するようだが、本作で語られるのは等身大のマツコ・デラックスさんであり、その自虐ぶりからは、所謂<デラックスさ>を感じることはできない。ただ、マツコ・デラックスさんとしてありのままの、弱いところまで語られた本書を読めば、魅力が決して性差別の立場だけではないことは汲み取れる。言ってしまえば、その感性は私には辿り着けない特別なメディアという世界で育まれたのだろうが、一人の同じ世界で生きている一人の人間であるということに少しの親近感を得た。『東電OL殺人事件』も知らない、『ブリトニー・スピアーズ』と『マイケル・ジャクソン』の全盛期も知らない世代の私だけれど。